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移住者インタビュー 寺田 真也さん

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なぜ大分ではなく、まんのう町に?

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寺田:僕、中学校の時から東京に出てるんですよ。おやじの転勤でね。それで東京のほうが生活してる年数はずっと長かったんです。東京のほうに住んでる時も、東京の一番西側の、高尾山という山があるんですけど、高尾山のふもとや、千葉で自然農のお米作りを勉強、実践していました。東京でも、草履作りながらね。ある時に、お調べいただいたのだったらちょっとわかると思うんですけど、材料の七島藺が、「天然記念物」や「絶滅危惧種」になってて、大分の農家さんも高齢化が進み残り数件、続けていくなら自給しないとなって思い始めたんです。自分のとこで栽培しとけば、絶滅はないしね!(笑)後は自分自身の生活を、消費生活から生産生活に切り替えたのが大きいかな!

—— 確かに(笑)

寺田:そうそう。だからそこまで自分がしっかり根はって住める場所ってどこかな?って色々考えて。色んなとこ住んでみたかったし。それこそ、大分ね。栽培をちゃんと勉強して、も考えました。でも、自分が本当に栽培を始めるとなると、種を持って移動できる植物じゃないんです。多年草なんで、株がうわってて、その株から収穫して、その翌年にまたその株を株分けして植えてまた収穫して…って感じなんで、親株は常に田んぼに植わってる植物なんです。それで、1回栽培が始まると、そんなにちょこちょこは動けん、と。そしたら次僕が栽培するために選ぶ地は、自分がこれからしっかり根をはって生きていって、死ぬまでそこで生活するんだろうな、っていう場所をイメージすると、やっぱり、生まれが僕香川の高松なんで、もう香川しかなかった。ほんで、その香川の中で、やっぱ色々探してね。でも山が良かったんですよ。生まれは僕海の目の前なんで。本当に海を綺麗にするためには、やっぱり山が原点なんですよ。山でいかに綺麗に暮らすかによって、間の過程が全て変わってくるわけやから、そこに携われるってすごい貴重なことやと思うんですよね。逆に、自分がこういう暮らしをしたいって思う所の原点でもあったんで。さっき言った水とね。それで、とにかく山を探して。塩江にしようかな、とか。まんのう町は合併して、結構広い場所になってるんで、他の部落もあったんですけど。なんか、直感、ですかね。山の感じとか、塩江はどっちかっていうと植林も多くて、ちょっと山がせってる感じがする。でもこっちのほうってね、山が開けてるせいか、明るいんですよ。

—— 確かにそれはある。

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寺田:そう。ほんで、僕の嫁のほうが先に琴南のほうは知ってて。僕は中学校で東京出てるもんで、せいぜい自転車で動けるくらいの範囲しか僕は知らんかった。だから琴南なんて場所知らんかったし。で、連れてきてもらった時一目ぼれやって。ここはたまたまそん中でも空き家バンクというシステムがね、まんのう町でもあるんですけど、それで引っかかった場所なんです。空き家バンクを使って移住してきた若い夫婦第一号が僕らなんです。

—— まんのう町の?

寺田:そうなんです。その後、今で5家族、かな。僕の友達がばーっと移住してきて。ここに来てくれて、まんのうええなってなって帰ってって、気がついたらこっち住んでる、みたいな。
そういう人たちがちょっとずつ増えてきてるんですけど。ここ、旧の琴南町っていう所なんですけど、そこに惚れ込んだほうが強かったかなあ。やっぱり綺麗で美味しい水で生活できるところが決め手かな!水は基本やし、その水を確保出来る環境は絶対でした!米を作るにも、七島藺を作るにしてもね。生活の中心に火と山水を使えるって、すごく贅沢な事やと思いますよ。

うち全部薪なんですよ。お風呂も、ご飯炊くんも、そこのお風呂も、薪ストーブも中で焚いてるし。常に生活の中心に火があって、山の恵みで生きていけるのがすごくありがたいなと思うし。そこを目指して移住してきた部分はあるんでね。

自然に近い暮らしがしたかった?

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寺田:そうですね。なるべくだったら自然と寄り添って生きていける、昔の人の知恵みたいなのもすごく興味があったし、そういうのも色々学びたかった部分もあったかな、と思いますね。
ただ、言い方は悪いかもしれんけど、街に住む、海に住む人たちよりも、多分よりストイックに生きてるんじゃないかなっていう気はする、山の人たちは。今でこそ県道とか国道が通ったもんでね、だいぶ行き来はしやすくなってるけど。三頭トンネルっていう、この先に長い3キロくらいあるトンネルがあるんですよ。そのトンネル越えて徳島の美馬に越えるんやけど。昔や、つい何年か前まではトンネルがなかった。だから峠をわざわざ越えて行かないかんぐらい、県境越えるって、山を越えるって、それぐらいの事やったから。その中でも生活していくためには、そんなに動かんでも、自分の住んでる周りで色々まかなえるようになれば、それが一番理想的なわけで。

空き家バンクとかは、どれくらいあったんですかね?

寺田:僕らが見始めた当時は、6件か、7件ぐらいあったんかなあ。でも、3年、4年前に僕らが見始めた当初と、正直物件変わってないんですよ。大体その当時出てた物件はもう友達たちがおさえてるから、今正直空き家あるんやけど、なかなか町を通して貸すっていう所までは進んでない。だから逆に小豆島、直島、三豊とかもそうやけどね、財田のほうとかもそうやけど、あのへんの地域のほうが、空き家バンクっていうシステム自体はうまいこといっとんかな、っていうか。やっぱりこんだけ山に引っ込んでくると、なかなか移住したいっていう人の価値観とか、考え方、どういう暮らしがしたい、そういう暮らしがしたいっていう人達のニーズに合うんは香川県ってね、島だったりとか、もうちょっと街に近い生活しやすい場所、のほうがクローズアップされがちなんですよ。

—— コンパクトシティ、とか、島での暮らし、取り上げられてますね。

寺田:そうそう。僕らはそれとはもう全然逆で。島とか、街とか。街はずっと東京におったんであれなんですけど。もともとすごい旅をずっとしてたんです。いろんな暮らしは、もう体験はさしてきてもらっとって、その中で僕は自分の中でグッときたんは山の暮らしやったですね。山で住んでる人たちの家に遊びに行かしてもらった時の自分の状態が、すごくよかったです。で、自分は山やなっていうのがあったし。もうちょっと空き家が増えてこれから人がもっと増えてくると、だいぶまた変わってくるんかなと思うんですけど。

空き家バンクって、実際に訪れたら、どんな情報が得られるんですか?

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寺田:役場のHPだったりとかに物件の写真とどういう状態ですと。あとはどれくらいの家賃で、みたいな一般的な情報がばばっと見れるようになってて、ようは貸主と借りたい人との間に役場がワンクッションおいてくれる、っていうシステム。だからその間は本来不動産屋が入るじゃないですか。レンタルする物件になってくると。その間に役場が入ることによって、よりその地域に重きをおいたものになるんかなと思うんですけどね。  
その町によって全然違うんですよ。例えば場所によっては、移住します、家が一軒あるんやけど、ちょっと直さなあかんっていう場合。例えば50万まで補助金が出ますとか。そういうのも自治体によって違うんですよ。そういう意味ではまんのう町は、他に比べてもしかしたら、まだ完全な好発進がきれてないんかなっていう。実際僕が使ってみてね。でもこれからシステムの中身も変えようと、町は考えてくれてるみたいですよ!
自分が住むようになってみて。もうちょっと、地域と、役場と、もうちょっと寄り添った形になると、また変わってくる。香川県ってね、さっきも言ったように、どこに住んでても大体1時間ちょいなんですよ。行動できる時間帯がね。そうなってくると、過疎に対する危機感だったりとか、そういうものの意識も多分、他の3県の山ん中の、、ほんと限界集落の辺りになってくるのとはまた全然意識が違ってくるっていう気はするんです。まだ若い方元気なんですよ。香川県ってね。まだ50代60代の方が元気なんです。でも徳島愛媛高知の山ん中に行くと、最前線でやってる方たちがもう、70代、80代、その下の方がもういない、みたいな状況が結構あるわけで。それに比べたら意識的にちょっとまだね。だから今のうちやと思うんですよね。今のうちに人をぐっと増やしとくっていうのは、本当に限界集落まで過疎が進んでしまってからじゃ難しいと思うんですよ。だからある程度若い方が、先人の知恵をもらいながら、生活できるっていうコミュニティを作っていくっていうのが、すごくこれから必要になってくるんではないかなと。昔の村ですよね。今日は誰々さん家の稲刈りするから全員でわーっと行く、みたいな。移住者と地域の先輩たちが、もっとコミュニケーションをとって一緒に盛り上げていけたら、多分地域って活性化していくと思うんで、そこを目指して!

香川県出身ということで、再び香川県に戻ってこられるという形になったんですが、僕からしてみれば、香川県への愛着がすごく強い方だなと思ったんですけど、何かそこに理由とかってありますかね?

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寺田:一番根底にあるのは、自分の生まれ故郷、ふるさとに帰るっていうのは、すごく自然な形だったかなあと思うんですよ。僕中学校の時に、家族で車で東京に向かったわけですよ。転勤でね。その時僕車の助手席に乗って走っじょったんですけど、中学生ながらそん時既に「絶対いつか香川に帰ったろ」と思いながら東京に行っきょったんです。なんか、そん時の気持ちは僕正直自分では覚えてないし、わからんのやけど、なんかこうふるさとに帰るっていうのは、すごく人間の自然な形なんじゃないかなあと思って。
いろんな県、日本中ええとこばっかりなんでねほんと。だからいろんなとこ住んでみたかったし(笑)、自分の仕事との兼ね合い、プラス、自分が動くべきタイミングみたいなんがすごく重なった。それでもう迷いなく香川へ。ふるさとへ帰ろう、って。
そこで自分がしっかり根をはって、これから生活していく、っていう気持ちしかなかったかなあ。僕らIターンみたいな、全然違う所から香川にっていう立場じゃないんで。逆に理由はすごくシンプルで。自分がこれからどこで根はっていこうかなって。本気で暮らしていきたいっていう場所を考えた時に、もうふるさとしかなかったかなあ。香川は、本当に住みやすい場所やと思います。さっきも言ったようにね、日本一小さい県なんでね、どこにでも行きやすいし。逆に言ったら、どういう暮らしがしたい、っていうニーズにも対応しやすい県なんじゃないかなと思いますね。海で暮らしたい、街で暮らしたい、山で暮らしたい、それぞれあると思うんやけど、どういう暮らしがしたいとかね。そういうのにすごく合わせやすいんじゃないかな、っていう気はしますね。で、本州にも出やすいでしょ。橋2本も渡ってるし。ある程度、ほんとにこう、とことんな田舎暮らしがしたいんか、それともちょっと田舎に住みながら、生活がしたいんか、そのカテゴリとかニーズによって全然違うと思うんですけど、香川県は、それが全て実現しやすいんじゃないかなっていうのは思いますね。帰ってきて自分でこういう暮らしするようになって。

まんのう町から出ることってあります?島に行って何かをするとか、そういうの以外で普段の生活で、出ることって。買い物とかだったりで。

寺田:ここね、日常の買い物するっていっても車で30分くらい走らないかんのですよ。本当に必要なものを自分の作れる範囲で作りながら、それ以外まかないものは買い物に出たりしますし。でまあ仕事柄結構ね、外に出る事は多いんで。ちょいちょい出てますよ。ちょいちょい出てるけどやっぱり、全然下りん日もありますね。1週間、2週間、山から下りん日もあるし。不便って思ったことはないです。逆に、自分が生かされてるっていう感覚が強くなるぶん、ありがたいって思うほうが強いかなあ。不便って思うよりは、山のたくさんの恵みの中で生活してると、十分過ぎて有難くて感謝しかないですよ!
家の周りにあるもので大体生活出来ちゃうしね!(笑)。ここなんか特に、四国でも中心ぐらいの位置なんですよ。高知にも愛媛にも徳島にも出やすいし。それこそ本州にも出やすいし。こっから神戸までも3時間くらいかな、あったらいけるかな。岡山だったら2時間もあったら行けるくらいなんでね。生活しやすいですね。そう考えたらやっぱり。

今もし寺田さんが、移住者とか移住したい方々に、香川県をおススメするとしたら、どんな人におススメしますか?こんな人は是非香川県に来てください、みたいな。ターゲットというか。どんな人におススメしたい、という気持ちはありますか?

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寺田:さっきも言ったように、いろんな人に対応できると思うんですよね。ちょっと田舎に住んでみたいとか。それこそちょっとディープに田舎ぐらしがしたいとか。本当に自給自足に近い生活がしたいとか。海で暮らしたい、山で暮らしたい、いろんなニーズに対応できるのが香川県の良さだと思うんで。移住って、思い切った決断がやっぱりいると思うんですよ。何か、これっていうものがないと、なかなか重い腰を動かせん部分もたくさんあると思うんですけど、香川県は結構さっと来てある程度自分のやりたいことを見つけやすいんじゃないかな、っていう気はしますね。でもその反面、田舎暮らしってまあどこの田舎行っても一緒やと思うんですけどね。本当にその方が、どれぐらいの覚悟ってゆうたら言葉重たいんですけど、どれぐらいの思いで来たいかってゆうのがどこの田舎に行っても、すごく重要になってきます。だからほんとに辺鄙な所に行けば行くほどね。やっぱり僕も、最初はそういう目で見られとったですよ。ちょっと田舎がええなあってゆう目で見てね。
「ちょっと街から来ました」で田舎暮らしして周りの方とコミュニケーション殆ど取ることもなく、2~3年したらじゃあ次の場所行くっていう方が何人もその地域を回ってくようになると、特に田舎の方ってね、そこで壁をはってしまうんですよ。だから移住する側も、すごく責任があって。移住して、本当にここで自分は腹割って暮らしていくっていう思いをちゃんと伝えていく。自分の住んでる周りの方々にね。そうすることで、すごく心を開いてくれるんです。ちゃんと目を見て話すっていうか。東京に住んでる時もそうやったんやけど、僕6年住んでたアパートがあったんですけど、その上と左右の人と6年間1回も会った事ないとか。そんなんもあるんですよ。だから、コミュニケーションとるっていうことが、田舎は何より大事になってくるんで。そこに自分がどれだけ重きをおけるかによって多分、生活のしやすさとかね、本当に変わってくるぐらい。それくらいすごくコミュニケーションって重要やと思うんでね。そこまでちゃんとするっていう思いはやっぱり持っとってほしいかな、っていう。これからいろんな方が移住してくると思うんですけど、そういう方がぱっと来て暮らしやすくするのも、多分、僕たちのちょっとしたことやと思うんでね。移住する側も責任があるし、そこまでちゃんと考えてもらえたら、僕はどこでも成功すると思う。移住した人たちの成功例が、今後その地域への受け入れもスムーズになる気がするので、心を開いて移住を楽しんで欲しいかな!いろんな人たちがいる中で、自分自身がオープンマインドしていく事で、生活が楽しくなるか、苦しくなるかどっちにも転がりやすくなるんで、心配よりもこの地でどう楽しめるかポジティブに来てほしいなって思いますよ!

—— ありがとうございます。

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寺田:でもね、本当にそれってすごくあるんですよ。こっちが腹割って、こういう暮らしをしたい、ここでこうやってこれからずっと住んでいきたいんや、っていう思いを伝えるだけで、自分が手におえんくらいのサポートをしてくれる。これ、たとえ話ですけどね。米だけ植えとったら、食べていけるんちゃうかっていうくらい、野菜もいただいたりするし。だから本当に、こっちの気持ちひとつ。移住したい、移住するよ、っていう方の気持ちひとつで、その先はえらい変わってきます。そこはやっぱりちょっと先に移住した人間がちょっと体験して言えるかなっていうとこですね。そこはやっぱりこっちも逆に持っとってほしい部分でもあるし。移住して、なんやって思ってもらいたくないから。移住して、すごい住みやすいなって思ってもらえるためにはね、やっぱり僕らの行動ひとつがすごく重要になってくるんかなーと思うと、すごい責任感の中で生活してますね(笑)。

あんまり比較するんではないんですけど、香川の田舎と他の田舎と比べてみたら、何か香川のこういう所が優れてるんじゃないかなとか、思われる所ってありますかね?

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寺田:僕、世界もあちこち行ったし、日本もあちこち行って、どこもナンバーワンやからねえ。なかなか比べることってできんのやけど。で、僕さっき言ったようにふるさとやからね。思い入れは多分人一倍あると思うから(笑)なかなか難しいんやけど…そうやなあ…どうかなあ…。日本って元々島国やから、どこに住んでも海も行けるし山も行けるし、すごく恵まれた環境やと思うんですよ。食べるものも含めてね。でも、四国っていうのは、四国自体が更にそれがコンパクトになってるから、より贅沢な暮らしができるんちゃうかな、って思います。2時間3時間走ったら、びっくりするくらい綺麗な海も行けるわけやし。徳島のほうとかね、高知のほうとか。それこそ瀬戸内海のほう行っても、すごく綺麗な場所いっぱいあるわけで。でもちょっと1時間も走ったら、山ん中もこれるし。四国山脈の山あいってのは、すごく雪も多いんでね、そういうのについても、贅沢に暮らせる気はしますね。香川なんか特に海は近いんじゃないかな。山と海の距離感がね、ほかの県に比べても。うどんはうまいし(笑)。そこはでも大事やと思うよ。

—— そうですね。比較的、うどんやったら安いし。うれしいとこではありますよね。

寺田:そうそうそうそう。ほんとにほんとに。

香川に来られてから、自分が持っていたイメージと、何かこんな、イメージが違ったな、みたいなことってありました?

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寺田:僕は生まれが香川の海のほうなんで、海のほうがすごくイメージ強かった。だけど山のほうに暮らすようになって、山は山での良さがすごくあって。まあでも実際来てみてのほうが、暮らしやすいイメージは感じたかな。自分で暮らすようんなったんが、帰ってきてからになるんで、だからなかなかその質問にあてはまる答えが出せるかどうかはまた別なんですけど。実際に帰ってきて住むようんなって、更に住みやすさを感じるようんなったかなあ。そういうことに直面するほうが多くなったかなあ。

—— 住んでみたほうが、プラスのほうが多かった、みたいな感じ。

寺田:うん、です。実際住んでみたら、わかる部分っていうのがやっぱりあってね。

元々香川に住んでいらっしゃって、一度東京に行かれて、また香川に戻ってきて、香川に住んでるのは結構長い時間あるとは思うんですけど、香川県の県民性とかって、感じられたことってありますか?

寺田:(笑)。香川いろいろ、あるよね。四国は四国でそれぞれの県民性あると思うけど、一般的に香川県って倹約家が多いって言うじゃないですか。

—— 言いますね。

寺田:ね。貯蓄率が高い、とか。どうなんかなあ。いやでもやっぱ基本優しいと思いますよ。基本、穏やかな気がする。四国4県の中で、他の3県に比べても、なんか穏やかな気はするかな。気質もあるかもしれんけど。穏やかな気はします、なんか。優しい人多いっすよ、やっぱり。

—— やっぱりこういう所になると、周りの方々とのふれあいとかも大事になってくるんで。

寺田:そうそう。山の人は特に人情深い気がするかな。助け合うっていう心が生活の根底全てにあるから。なんかあったら助け合うっていうのが本当にこう、街に比べて、「普通」、というか。さっき言った村じゃないですけどね。

—— やっぱり距離感も全然違いますよね。

寺田:全然違う。うん。距離感の価値観の中で、例えば買い物行くんは30分かかるとかね、一般的に考えたら「あ、遠いな」って思うでしょ。それ以上に、今来てくれてる方も、
その上に住んでる大工さんなんやけどね、近隣との距離感はぐっと近くなるんですよ。他の暮らししてるよりも。距離感ってなんやろうってすごく僕も考えるんやけど、こういうとこ暮らすようんなって本当にこう自分の中で必要な距離感っていうのが、価値観がすごく変わったかなあ。だから、買い物30分かかるってゆっても、全然不便って感じたことはないし。逆に、近くに住んでる、隣の大工さんからいっぱい野菜いただく、とかね。距離感ってなんやろうって思うよね、そう考えると。

—— なかなか難しいとこですよね。

寺田:ねえ(笑)。生活してるとね、そんなに距離感感じたことないですけどね。いろんな所に。他の県行くんも行きやすいし。

今、他県に対する香川県のPRとかされていますが、「かがわ暮らし応援隊」になろうと思われたきっかけはなんでしょう?

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寺田:なんだったかなあ。(笑)いや最初にね、取材に来ていただいたんですよ。
これぐらいのやつ。あの冊子を作る時に、うちに取材に来てくれたんが初めてやったかなあ。それから、「かがわ暮らし応援隊、みたいなのがあるんです」っていう話になって。ほいで僕仕事柄、あちこち行ったりもするし、全国飛び回って行ってるんで、なんか僕にできることがあるんやったら、と思って。で話、受けさしてもらったんですけどね。いろんな方いますよね、でもね。おもっしょいと思いますよ。

—— その方達と連絡とってたりしてるんですか。

寺田:何人かはいらっしゃいますけどね。結構プライベートでも遊びに来てくれてる方も何人かいるし。そういう所で交流がとれるきっかけにはなったんで。すごくありがたいなと思います。いろんな価値観で来られてるから。話聞くんも面白いし。大体、どの方に話聞いても、どういう暮らしをしたいか、っていう所で、今すっぽり当てはまってる場所に住んでたりとかするから。どういう暮らしがしたいか、っていうのはやっぱり一番、ね。子育てとか特にそうやと思うんですけど、どういうサポートがあるか、とかね。そうやって大事な所が、多分、色々ポイントがあると思うから。

先ほど子育ての話を仰られたんですけど、このまんのう町あたりの子育てに対する支援とかって結構充実してたりとかしてますか?

寺田:このへんはね、してるほうやと思います。普通に中学校出るまでは医療費かからん、とか。生まれた時からちょこちょこサポートはしてくれよんでね。あと、善通寺も確かええって聞いたことあるんですけど。

—— 善通寺はものすごいいいみたいですね。

寺田:ね。そうそう。

—— そこまでほんとにするのかぐらいに。幼稚園も保育園も無料ですよね。

寺田:そうそう。でもやっぱり、こんだけ子どもが少なくなってくると、それぐらいやっぱり、本当はしたほうがいいんじゃないかなと思うし。ここもね、来年中学校が合併してしまうんですよ、ついに。

—— 合併するとどのくらいはなれるんですか?

寺田:ここからね、40分かかります。車で。バス乗って行かさないかんとか、僕らが送り迎えするとか、そんな感じになっていっきょんやけど。でも、いるんですよ、子どもはね。少ないけどいるから、いるうちは、絶対学校って残しとかないかんと思うし。そういうとこに行っても馴染めん子たちもいるわけじゃないですか。元々こっちとの環境が全然違うから。こっちのほうは周りこんなでしょ。合併するまんのう中学校っていうのはまんのう町の中でも一番街の、役場がある辺りなんですよ。

—— 琴平の近くの。

寺田:そう、四條っていってね、まんのう町自体町が3つ合併してまんのう町になってるんで。その子達を全部そこに入れようとしてるんでね。

—— てことは1校になるんですか。

寺田:そう。マンモス校にしようとしとるんですよ。もう、この辺の琴南の中学校は合併するから、その満濃中学使わないかんとか。今までは選択制だったんですよ。琴南中学校に行きたい子は行ってもらって。まだ選択制やったんで、まだよかったんですけどね。

—— 琴南中学校もなくなっちゃうんですか。

寺田:なくなっちゃうんです。来年から。で、小学校が1校廃校になっとるんですよ。そこの廃校をなんとか有効利用できんかなと思って、町に問合せしてるところで。
義務教育の学校を建て直すって僕には無理な話やから。僕の周りでいろんな作家さんいてるしね。僕も草履作ったりしてるんで、そういうのが学べるような学校、みたいな感じでちょっと復活させたい、みたいな話をしに行ったりしてるんですけど。ちょっとずつですけどね、役場もこっち向いてくれるようになっとんで。
子どもが少なくなったから合併させよう、じゃなくて。少なくなってきたから、じゃあどうやったら人が来てもらえるやろか、っていう所に意識を、もうちょっと向けてもらえると、多分、全然状況は変わるんちゃうかな、っていう気はするんでね。なんとか今、つめよる最中なんやけどね役場と(笑)。4年住んで、僕の所に実際空き家の話、あそこ空いてる、あそこ借りれるで、とか、空き家バンク以上に僕のほうに物件が入ってきてる感じなんで、僕がひとつアンテナになれたら。このへんに移住したいなって思う方の間に入れるかな、と思って。ちょっとそんなのも色々考えつつですね。
1件、空き家があって、そこで1家族決まりそうで。ちょうど皆さん来られる前に、ちょっとこっち寄ってたんですよ。そんな感じでちょっとずつは増えてきよんでね。これから長い目で見てね。子どもたちが増えて、生活しやすいような環境を作っていけたらな、っていう気はするんで。移住者の目と、あとは地元の目と。そこは足並みそろえないかんので。あんまりつっぱしりすぎんよう、暮らしやすく、町を作っていけたらええなと思ってるんで。

寺田:このサイトはどんなサイトに?

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—— 移住したいって思ってる人は本当に聞きたい事を情報提供できているのか?
移住する人にとっての役立つ情報を提供するサイトにしたいと。

寺田:なるほどなるほど。はい。移住を県と一緒にタイアップして推進していくってなると、表立ったことしか言えん、ってゆうか。でもさっき言ったように、移住する側にも責任がある、っていう本当にディープな言葉っていうのは、多分、こういう所じゃないと話できんと思うんですよ。それはすごくええなと思って、僕こないだ話したんですけどね。実際移住したい方が本当に聞きたいことってね、なかなか、さっき言った空き家バンクとかそういうの、聞けないんですよ。実際ね。だから実際来てみなわからん、っていう状況になると、なかなか動きにくい、というか。でも実際住んで、こんなんらしいよ、みたいな話が実際家族でできるようになると、ああじゃあこれやったらこういう感じでいったら、なんか、うまいこといけそうやんね、とかっていう、より具体的なアイデアに繋がっていくから、すごくええと思います。

—— 今、移住者に対して直接話を聞くような説明会なども、東京はあるんで、多分寺田さんも参加されてるかもしれません。まあでもそれも、その一瞬なんでね。そこで知り合ってからまたその、色々話を聞きたいとか、他の人の話も聞きたい、そういう方に対しての情報提供できればいいな、と思ってまして。まちなかに住む人についても、例えばどういう、病院とか美容院とか、住んだ場合の気になる所があって。そういう情報も県のサイトだと載せられないから、移住者同士でのコミュニティが作れるような、そういうサイトを目指しています。

寺田:さっき言ったように、廃校がどんどん出てきてる中でね、廃校の有効利用のひとつで、そうゆう場所があってもええなと思うんですよ。寝泊りしながら、同じ釜の飯を食べて、腹を割って話すというか。移住者と移住したい方が、共に生活しながら、腹を割って話す会、みたいなんがあったら、面白いかなと思うんすけどね。

—— こられる時には、そういった、イベント、集会などというのは。

寺田:僕、行ったことないすよ。行ったことないし。あちこちでしてる話は聞いてました。ずっとあちこち旅してきたせいか、あんまりそこに対する恐怖感とか一切なくて。

—— 移住自体の恐怖心というのは。

寺田:そうそう。不安、とか、心配、とかっていうのが一切なかったですね。

—— 入ってけるだろうか、人とうまくやってけるだろうか、みたいなのがなかったんですか。

寺田:そうそう。移住してくる前からコミュニケーションの大事さをあちこちで勉強させてもらってきてるから、自分次第っていうのはわかってたし。そういう面では僕は、心配も不安もなく動けたかな。でも逆に、そういう会があると、より動きやすくはなるんじゃないかな。いろんな人が、多分。話聞いて、ちょっと安心して、っていう方も多分いっぱい出てくるやろうし。逆もあると思うよ。話聞いて「あーやっぱあかんなー」ってことも(笑)中にはいるかもしれんけど。でも、そこではっきり答えが出せるわけやから。そういう会はすごく大事かな、っていう気はしますけどね。なんかね。

—— あかんな、っていう人は、仮に住んでもやっぱり我慢して暮らさなきゃいけないでしょうから、あかんことがわかってたほうがいい。

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寺田:そうそう。実際来て、あーやっぱあかんかったな、って、すぐ動いていくと、その人達は、動けるからいいわけですよ。でもここに住んでる人達っていうのは、それができないわけで。新しい人を受け入れるっていうまでの、すごい、なんかいろんな…心の…なんか、あるんやと思うんですよ。もともと住んでる人らからしてみたらね。そういう人らの気持ちまで踏みにじってしまうわけやから。だから、より、ここだったらやってみたいな、って思えるきっかけになるんであれば、そういう会ってすごく、大事なんかな、って、あってもいいんじゃないかな、とは思いますけどね。
移住した人たちとそういうのちょっと、イベント化していってもおもっしょいかもしれませんね。みんな、移住してくる方っていうのはいろんな思いをしながら生きてるんでね。アイデアはめっちゃ豊富なんですよ皆。(笑)多分皆がそのアイデア持ち寄ったら、結構面白いことできると思うんでね。あとは、そこと、どう地元の人とが関われるかやと思うんで。その、移住してきた方と、元々住んでるその地域の方との、温度差だけは、なくさないかん。動いてきてるほうは結構やる気満々で来てるから、テンション高いしね。その温度差はすごく大事になってくるかなーと思うんでね。何か始めるにしても、その辺とちょっとうまく足並みがそろえられるようになると。
僕も実際、そこの小学校の廃校使ってイベントもしてるんですよ。で僕、音楽もやってるんで、音楽も兼ねた手作り市みたいなんも、何回かやってるんです。で、2~300人の方がその日に、そこの廃校の小学校に流れてくるっていう、流れをひとつ作っていくのも、移住者が持ってきたモチベーションのひとつでもあるから。はじめること、すごく大事かな。まだ地元の方が、まだ2店舗ぐらいかな?出店してくれてるのも。それがもっと例えば、出店数が増えるとか。そこに遊びに来てくれるお客さんが、地域のおじいちゃんおばあちゃんが来てくれるとかね。そういう感じになってくると、大成功かな、と。とりあえずはじめました(笑)。後はもう、続けていく中で、どうなっていくかなー、っていう感じ。一応6月ぐらいに、またそこでやろうかなーって考えてるんで。フェイスブックページのほうで、僕のこの工房のページがあるんですよ。そっちで色々イベントやなんやする時は情報アップしていくんで、またよかったら遊びにきてもらえたら。なんとなく感じも。ああこんなことしよんやなみたいなのが多分わかると思う。

—— 研究室から申請させていただきます。

寺田:ありがとうございます(笑)。

この家とかも、改修した感じですか?

寺田:いや、ここは管理もすごく綺麗にしてもらってたんで、ほとんど手つけずで。すぐ入れましたね。工房にするほう、納屋も結構綺麗だったし。今んなってちょっと、床が抜けそうやから張り替えないかんな、とか、そんなんは出てきてますけど。まあ空き家バンクに出すぐらいやから、そこまでボロい家は載せてこないと思うんやけど。そやね。家のことって、すごく重要やもんね。本当にすっと入れる場所を見つけたかったら、やっぱり不動産屋とか、空き家バンクっていうシステムはいいと思うんですけど、ちょっと自分で改修しながらでも住んでみたいな、っていう方は、多分元々、僕らみたいにね、先に移住してきた人とか、より、ちょっとこう、よりアンダーグラウンドなほうで探したほうが、物件って出てくるんじゃないかな。それこそ本当にこれからしっかり持ち家にしてやっていきたい、みたいな人たちにとっては、そういう情報のほうがいいかな、っていう気はしますね。そういう情報も載せていけたら面白いかもしれませんね。空き家バンク、とかじゃないような物件、みたいなのもね。土佐山、ご存知ですか?高知の。土佐山とか、嶺北とか、大豊とか、あのへんから、ちょっと先ぐらいとか。土佐町とか。あのへん、すごいね、力入れてしょんですよ。NPOも立ち上がって、さらに町も、行政も一緒になってやってすっごい盛り上がってて。物件の数が、尋常じゃないくらい出てくる。ほんで、何箇所かの地域をみんなで、合同でページ作ったりとかして、情報発信とかしてるんやけど、そこはなかなか面白い情報が見れたかな。嶺北ネットワークやったかな?確か。そんなサイトもあるし。場所によっては、結構力入れて頑張ってしょるとこ多いですからね。
僕は、なるべく綺麗な所…まあ、むこうも役場を通して貸す以上は、貸主のほうも多分ある程度住めるよ、っていう状況までは整えてくれると思うんですよ。

—— そちらじゃなくて、寺田さんに入ってくる情報というのは。

寺田:もうね、風呂とトイレ直さないかんとか。土壁塗りなおさないかんとか。いろんな家ありますけどね。改修しながらでもしっかり住んでいきたい、っていう方にとっては、環境はいいんじゃないかな。僕らは山のほうばっかりなんでね、あれなんですけど(笑)。どっちにしても空き家のまんま、っていう家は実際いっぱいあるわけで。それを、なんかうまいこと…。人が住んでないと家って一瞬ですからね。ほんと。人が、どんどん、空き家を直しながらでもね。新しく建てるよりは、直しながらでも住んでいくほうが、僕は、理にかなってるかなっていう。田舎暮らしするには理にかなってるかなっていう気はしますけどね。

—— この家は元々は他の方がいらっしゃって。

寺田:大家さんが今善通寺でいて。善通寺で家も建ててしてるんで。こっちにはもう戻ってくる気は一切ないみたいですね。ただ、自分の生まれの所なんで、売るところまではまだ話はいってないんですけど。でもいずれは、やっぱり。移住する方も、すごいそこってポイントになってくると思うんですよ。いつまでも家賃は払ってられん、っていうか。改修するにしたって、いずれ自分のものになる、っていう所じゃないと、手ぇ入れきれんのですよ、やっぱり。だから、そこもやっぱりすごくあるから。自分で改修して工事して、改造しながら生活していける家を探すほうが、本当の意味での田舎暮らしができるんかな、って。家賃払いながら住むんやったら、街で住んでるのと変わらんでしょ。田舎に住んで、これからどういう暮らしがしたいかって、一番すごくそこってポイントになってくるのかなって思うから。借家なんか?売家なんか?とか。いろんな条件が関わってくると思うんすけどね。とりあえず僕らは、全くあてもなかったし。全くあてのない人間が突然来てここ住みたいけん住ましてくれって、そんな簡単な話じゃないから。だから、空き家バンクは、そういう意味ではすごく助かったし。とりあえず家賃を払う、借家っていう形やけど、ぱっとここに、決めれて、選べて、ここに住めてる、っていうのは、空き家バンクのおかげもあるんで。それは、すごく感謝してますけどね。空き家バンクは空き家バンクで、いい情報が。こうやって、出会いもあるし。で、まあ、実際ここ住んで。できたらこの家売って欲しいくらいくらいここが気に入って。ここで生活していきたいなって思ってる。そういう出会いもあったわけで。空き家バンクもあり、そういうサイトもあり、でね。2本立てだとだいぶ力強いかも(笑)。
先に移住して住んでる人たちと繋がることで、よりその地域の良し悪しな情報を仕入れることが出来るので、どんどん繋がっていくといいですよね!

寺田さんは結構全国色々回ってるみたいですし、四国についてもお詳しいようなんですけども、今まで自分が見てきた移住者の支援の中で、どこかでやられていたもので、今欲しいとしたら、こんなものもこのまんのう町にあったらいいな、みたいなシステム、ありますか?

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寺田:現実的なところのバックアップっていうのは実際みんな助かってるところで。家の補修費だったりとか。たとえば、仕事のあっせん、とかね。こういう仕事がありますよ、っていう情報をもっと提示していく、とか。空き家バンクも勿論そうやし。自治体ごとに、町をクローズアップするような冊子がひとつくらいあってもええんちゃうかな、っていう。香川県のやつあったじゃないですか、こないだね。あんなんが町ごとにあっても、僕は面白いんちゃうかな、と思って。香川県に住みたい、っていっても、香川県にも、ちっちゃいなりに色々あるから、香川県の、じゃあどこ?ってなったら、なかなかね、難しいと思うんですよ。だから、自治体ごとにそういう冊子があると、ああこの町はこんなとこなんや、っていうのがある程度見えてくるとね、多分もっと移住もスムーズなんかなっていう気はするし。あとは実際移住した人たちとの交流会ってすごく大きいかなあっていう気はするし。そういうのを行政が先頭にたってできるようになってくると、その町と、移住したい方と、地元の方との距離感、みたいなのが、もっとぐっと縮まるんかな、という気はするし。まんのう町自体移住者は少ないんでね。だから、そのへんの距離感、ね。さっき言ったように。そこがもっと近くなると、だいぶ違う気はしますけどね。他の所が結構しっかりしとるんでね。話聞いてると。移住する方がすごく気にするのって、家と、家の周りの生活環境と、家賃と、仕事と、病院とかね。そういうところなんでね。そのへんの各自治体ごとの。その地域の距離感がわかったら、なんとなくイメージしやすいと思うんですよ。まんのう町はこれぐらい広いけど、これぐらい走ったらここに何があって、っていうのが、ある程度、簡単な地図にでもなっとったらね。今、まんのう町に求めることっていったら、なんかなあ…。移住した人と、行政と…あとは…、若い世代と行政との交流の場、みたいなのがあってもええんかな、って思うよね。田舎に住むと、役場もそうですけど、全体的に古い考えのほうが強かったりするんでね。元々ある考え方、っていうか。その地域に根付いた考え方、っていうか。そこと、移住者が持ってきた価値観と、あと、その、行政が。3本がここで交流とれることによって、いろんな価値観の交流ができると思うんで。その価値観の交流ができると、ちょっと近寄れる気がしますけどね。その地域の考え方や、元々あるものにリスペクトは絶対忘れてはいけないし、その中でお互いのアイデアをシェアしていけるような環境作りを、住民、行政、移住者がしていければいいかなって。そういう場が作ってもらえたら…だいぶ。僕ら…移住者、だいたい音楽してる奴が多いのね。移住しとるメンバーでバンドをひとつ組んどんですよ。それで、今まんのう町のお祭りほとんどに出演させてもらって、僕なんかマルナカ買い物に行ったら、「こないだのにいちゃん聞いたよー」みたいな感じで(笑)声かけてもらえるようになってるから。そういう意味では音楽っていうツールを通して、ちょっといろんな人に、まんのう町内のいろんな人に顔を知ってもらえたきっかけにはなったと思うんでね。そういうのがあったら面白いかなと思う。あと、家の補修費は大きいと思う。空き家があって、家の補修するんに、最初に、助成金みたいな、補助金みたいなのが出てくると、しやすいからね。貸すほうも、貸すからには綺麗にして貸さないかんって思うじゃないですか。そこにじゃあ、お金をかけれるか、ってなったら、なかなか難しいと思うから。それを行政のほうでちょっとでも援助できたら、全てにとってええんかな。家にとってもええし、双方にとってもええし。そういうのは、あちこち見ながら思いますね。そういう助成があったら、皆助かるかな、って。

奥様のご出身はどちらですか?

寺田:えとね、生まれは大阪、育ちはほとんど坂出です、香川の。僕、こっち帰ってきてから会うてるんで。そうなんですよ。7年ぐらい前になるんかな。元々、琴南を案内してくれたんも、うちの嫁やったんですよ。

—— 移住にあたっての、その、旦那様だけで決めていくと、その反対もあるかな、という所もあってですね。

寺田:屋島に帰りました。高松に。高松に帰って、移住先を探して、あちこち車で走りながらしてた時に、琴南っていうところがあるっていうんで。琴南はもともと嫁はすごい好きな場所やって、仕事の休みの日とかに、1人でこっちでライブ来たりするくらい結構好きだったみたいで。そんなんも縁のひとつでしょうね。ここに導いてもらった何かなんかな。どんだけ探してても物件が出てこん時は出てこんけど、ぱっと出てくる時は出てくるっていう、その、タイミングというかね。なんかそういうのも面白いなと思うんですけど。1番最初の空き家バンク見たときはここの物件出てなかったんですよ。ほんで、1番最初に見に行った家は、断られたんですよ。多分、見てくれが怪しかったからかもしれんけど(笑)、断られて(笑)。ああ、じゃあ次の家出るまで待とうかって言よった、1ヶ月か2ヶ月くらいして、ここの家がぽんと出てきて。僕急いで電話した3日後に、また別の方も見たいっていうんで、ほんともうちょっとの差で、僕らが先に住めるようになった。ほんとこう、タイミングというか、だったんですよね。

—— そんなにお話伺えるとは思ってなかったんで。ありがとうございます。、来てよかったなって。

寺田:ありがとうございます。ほんまに。

—— とんでもないです。お時間いただきまして本当にありがとうございました。

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